重曹とキッチンのおはなし
更新日:2025年06月21日 その他コラム
【タイトル】
重曹とキッチンのひみつ
【おはなし】
キッチン王国の片すみに、白くてさらさらした粉の少年が住んでいました。名はジョウソウ。
棚の奥の瓶にしまわれ、誰からも使われることのない日々を過ごしていました。
「どうせ僕なんか、ただの粉だよ。味もしないし、においもしないし……」
ジョウソウは、日ごとに小さく丸まって、自分を隠すように過ごしていました。
そんなある日のこと。キッチン王国に黒くてねばねばした魔物「ヨゴレーム」が現れたのです。
排水口をふさぎ、コンロをベタベタにし、シンクのぴかぴかだった壁までくもらせてしまいました。
「たすけてー!」という叫びに、神棚から転がり落ちたのは、かつて使われた伝説のレモンの精「クエン」。
彼女はジョウソウの瓶のほこりをぬぐいながら言いました。
「あなたには、きれいにする力があるわ。今こそ目を覚ますときよ!」
「ぼ、僕が!? そんな、大役……ムリムリムリ!」
でも、キッチン王国のよごれがどんどん広がる中、ジョウソウは震える足で瓶から飛び出しました。
最初に向かったのは、ガスコンロの台。焦げついた汚れがこびりついています。
「よーし、えいっ!」
ジョウソウは自分の粉をふりかけ、水をすこしかけると、もこもこ泡が広がっていきました。
焦げつきが、すうっと浮いてくるではありませんか!
「……あれ? ぼく、やれてる……?」
それを見ていたシンクのスポンジたちが驚いて言いました。
「こ、これは伝説の“アルカリ反応”じゃないか!」
ジョウソウは少しだけ、自信の芽がふくらむのを感じました。
次は換気扇。羽根の奥にべっとりと油がついていて、近づくだけで足がすべりそうです。
そこでジョウソウは、かつての清掃道具「お酢のスミス」とコンビを組みました。
「いっしょにやろう!君の酸と、僕のアルカリで!」
「もちろんさ、ジョウソウ!」
ふたりが同時に力を放つと、泡がぶくぶく、まるで火山のように噴き出しました。
油がはじけ飛び、換気扇はすっかり元通りに。
「すごい……僕って、本当に役に立てるんだ」
しかし、最後の敵――排水口の底にひそむ「ヨゴレーム本体」は、一筋縄ではいきませんでした。
「貴様のような小さな粉ごときで、この闇は消せんのだ!」
巨大な汚れの波がシンクからあふれ出し、キッチン中が暗くにごりました。
「ダメかも……やっぱり僕は弱い……」
そのとき、背後からたくさんの声が。
「ジョウソウさん!あんたのおかげで、キッチンが変わったよ!」
「泡の力、わたしたちにもわけて!」
それは、棚の奥で眠っていたスポンジたち、古いふきん、そしてレモンの香りのする仲間たちでした。
彼らが一斉に集まり、ジョウソウに力を注いでくれました。
「ありがとう……僕、ひとりじゃなかったんだ!」
ジョウソウは全身の力をこめて、ヨゴレームに飛び込みました。
泡がはじけ、シンクの奥から、すーっと清らかな音が響きます。
「ぬおおおおおっ!! 溶けてゆくぅぅぅぅ!」
ヨゴレームは叫びながら消えていきました。
キッチンには、光と香りが戻り、王国は再び生き生きとしはじめました。
それからというもの、ジョウソウは棚の奥に戻ることはなくなりました。
「万能クリーナー」として、みんなから尊敬される存在となったのです。
そして、ある日ぽつりとこう言いました。
「誰だって、自分の中にある力に気づくのは、ちょっと勇気がいる。でも、一歩踏み出せば、世界はちゃんと答えてくれるんだね」
(おわり)